2010-01-01から1年間の記事一覧
『聴く耳』という機能は、頭を垂れないと起動しない。
人のろくでもなさを許せることが、 人として生まれてきたことの すべてではないかと思う。
夢をあきらめるということは、現実もあきらめるということだ。 現実という土台の上に、夢は立ちあがり具現化されるのだから。 今、できることに心を尽くせ。
「あそこの会社のおばさんがさ」なんて男の人の会話に、 「ねえ、その『おばさん』っていくつ?」ってきくと、 たいがい自分と同じくらいだったりする。 みんな面と向かって言わないだけなんだね。
本当はなにを伝えたいんだろう? 本当に伝えたい言葉なら届くはずだ。 そもそも本当に届く言葉でなければ、 伝えたいとは思わないはずだ。
親切すぎてうっとおしいのは「ワードさん」 頭が良すぎて融通が効かないのは「エクセルさん」
何のために深呼吸するかって? 深呼吸を誰かのためにする人がいますか? 自分が生きるために決まってるでしょう?
「大丈夫!!」って言わせるために、「大丈夫?」って聞くな!!
自分の説明能力がないことをごまかすために、 つい相手を馬鹿だと言って片づけてしまいそうになる。
朽ちてゆくことは、 目を背けたくなるほど、 忌み嫌うことだろうか?
すでに頑張ってる人が頑張ると、 頑張らなくてはならない人がサボるから、 もうあなたは頑張らなくていいと思う。
人類という高等動物は、「みんなで仲良く暮らす」ことまではできそうにないけど、「みんなでいがみ合わないで暮らす」くらいなら、頑張ったらできそうに思うんだけど。
子どもには素直でいてほしいのです。 大人に素直な子供じゃなくて、自分に素直な子供でいてほしいのです。 そうできる安全地帯を作るのが、大人の役目だと思うのです。
「欲しいものだけ、ちょーだい!」 というのは、ケチでさもしい態度だ。
人身事故で電車が遅れてもムカつかないのは、 春になると死にたくなる人の気持ちがわかるから。 だけど、やっぱり死んだらもったいないよ。
人はだれでも自らの内のどこかに、『混ぜるな危険』のボトルを持つ。 『それ』を持つのは危険じゃない。 性質の違う人の『あれ』と、『それ』を混ぜるのが危険なのだ。
言葉がねじれてしまうのは、 想いがねじれているからだ。
ねぇ、そんな『私ばっかり我慢してる』なんて顔しないで。 あなたを慕い、あなたのお陰で幸せだという人がいるのだから、 あなたが紡ぎ上げてきたことに、もっと自信を持っていいと思うよ。
未来が不安なのは、ケチだからだ。
感じたことが真実であると証明しようとなんかするな。 真実だと自分が感じたのなら、 それをそっと信じつづければいいだけだ。
原因が1つじゃないんだから、 解決策だって1つじゃないよ。 次、いってみよう!
そもそも怖れなど、持つ必要も、ぶつけられる必要も、呑み込む必要もないのだと思いだせ。
集中するというのは、不安や否定に立ち入る隙を与えないところまで、焦点を絞り込むということだ。
知っている者の方が、 知らない者より忍耐が必要だ。
相手の気持ちを考えることと、相手の気持ちを決めつけることは違う。 考えるのはコミュニケーションだけど、決めつけるのは拒絶。
枠にはまりきらずに千切れた想いを、『せつない』という。
思わず冷たいままの言葉を出してしまいそうになったときは、 心のレンジで、チンと温めてから相手に差し出すんだ。 いくらなんでも、そのくらいの手は掛けた方がいいと思うよ。
あなたのそこが許せないと思うところが許せたら、 私はあなたをもっと愛せるのだろうか? それとも、興味がなくなってしまうのだろうか?
欲しいのは、あなたじゃない。 欲しいのは、あなたを通してしか出会えない私だ。
言葉に頼らない『愛してる』で伝えたい。 感情に頼らない『愛情』で表現したい。 身体に頼らない『愛撫』で交わりたい。